2026-05-19 Tue : ビデオ・ポッドキャストの意味
生活
リビングに G の存在があり、我が家に緊張が走った。だいぶ弱っている個体だった。ほとんど動かない感じだったけれど、いちおう凍らすジェットで念入りに固めてから処置した。 https://gyazo.com/a7e64d428925c14edac2c4847ccc6e6d
社会規範は変化のスピードが遅いから、ともすれば「世界の真理」みたいに勘違いしがちなのが厄介よなあ。「男は泣かない方がいい、そういうものだから」みたいな。だけれども、別の時空のさまざまな例を見たりして相対化できれば、企業の「今期の方針」くらいの動的なものだと捉え直すこともできる。 ほんで採用する社会規範によって、産業において有利になったり不利になったりする。国を営利企業のように運営すべきとは思わないけれど、不利な規範で戦って産業が衰退すれば国民全員に不利益は生じるわけだから、もうちょっと規範の新陳代謝を促す向きの動きが増えた方がよさそうよな〜とは思う。 https://www.youtube.com/watch?v=LMLJ0nn_e_A
「マーケティングのために物語を使う」的なスタンス、強い抵抗感がある。まさに『イン・ザ・メガチャーチ』ではそういったことが中心的に扱われていた。 じゃあ自分がそういったことを一切やっていないのかというとそれは怪しくて、魅力的な物語ってのは好きだしさ、自分が体験したことをエピソードとして話すときに、ファクトたちの点を星座のように紡いでそこにストーリーを見いだすことはよくあるよね。自分の中のアリとナシの間の境界線がどのようになっているのか整理がついていないので、向き合っていきたいね。
夜ごはんのあとでスーパーに行って帰ってきたら、近所に救急車がきていて、自宅へと続く道路がふさがる形になっていた。ひとまずくるみを停めてそこらにいた人々に合流してみる。誰かが担架で運ばれていった。状況はなんとなくわかったのでくるみのさらにうしろで待っていた車両のところに行って情報共有しようと近づいてみたら、自治会館の事務員の人だった。最近ちょこちょこ顔を合わせているので、お互いに「あら〜〜」となった。あと少しで道路が空きそうです、たいへんですね、と世間話をしている間に救急車が出発していった。 安斎勇樹さんには「これ、うちのメンバーも見るんだよなあ」という経営者視点がずっとあったと思うので、まっすぐに「これはほんとうのことだ!」と思えるほど自分は無邪気ではないが、少なくとも、ほんとうのことに迫ろうとする両者の態度があったと感じる。そこが刺激的だった。 https://www.youtube.com/watch?v=kqitdOitFbQ
寝る前に、寝床でスマートフォンの画面でこの動画を観て。ビデオ・ポッドキャストってこういうことか、という気分になった。応酬する言葉が鋭くなっていったときの人々の表情は、見たくなるし、目が離せなくなるなあ。逆に、表情が気になるくらいの会話をしていないのであれば、映像なんてなくていいということでもあるのかも。そんな発見もあった。 インサイドビジョンの流れ弾があって「じゃあ、自分はどうなんだっけ…?」をけっこう被弾した。「組織に興味がある」と「働き方に興味がある」は重なりはあってもけっこう違う興味かも、と思えたのはけっこうな収穫だ。今年のぼくも働き方に強い興味があるし、それは生き方に直結し得る話でもあるよね。 自分は、どんな人の力になりたいと思っているだろうか。逆に「こういう人たちは、自分が助けなくてもいいでしょ」という領域もありそうだし。自分の人生の時間をどんなことに使っていくのか。それと生活費を稼ぐことをどのようにバランスさせていくのか。うっかり大きなテーマを受け取ってしまったね。考えていきたいから、いろんな人と話すのがいいかも。
『キングダム』の 79 巻を読んだ。怖くて泣いちゃうシーンもあったね。今回もすごい巻だった。 今日の n 年前
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